琵琶湖疏水その2 - 九条〜十条
※琵琶湖疏水は京都市上下水道局が管理しております。
八条からさらに下って、九条から十条あたりを散歩してきました。
前回と同じ場所ですが、こちらの方が疏水と鴨川の位置関係がわかりやすいので、もう一度撮ってきました。こういう高低差が疏水独特の風景を作り出しているのです。
前回の「いちのはし」の隣の「疏水二ノ橋」です。こちらは漢字の高欄(と呼んで良いのでしょうか)しかありませんでした。
疏水沿いには、こういった散歩道と公園を足して2で割ったような空間が数多く見られます。疏水沿いを散歩するという発想は、疏水を造り始める段階からのものなのでしょうか。京都の発展のため、殖産のため、と固くならず、遊びの部分も作ってしまった当時の技術者たちは粋ですね。
疏水建設の中心人物である田辺朔朗は、他にも大阪地下鉄の建設や関門海底トンネルの構想にも関係した人物です。当時、地下空間は未来志向のものであったと言われており(帝都物語に書いてあった)、思想的に凄いものを持っていた事をうかがわせます。
上の場所にあった看板。「びわこ」。ひらがなでかわいいですね。
疏水と大木はよく似合います。風景、機能、ともに、自然と調和している証拠と言えましょう。無理に逆らわず、自然をそれなりに生かしながら使う。明治の人々は自然の大切さをまだ知っていたようです。さて、我々現代人は・・・。
またしても小公園的空間。思い返してみれば、京都市内で疏水以外の場所でも、こういう空間が多いような気がします。京都の人たちはこういう空間が好きなのでしょうか。よそ者の僕にはわかりません。
橋と同じ名前の会社です。橋を渡るとここに着いて、袋小路状態です。橋が先に出来たのか、会社が先に出来たのか。もし会社が先なら、会社のために作られた橋ということですよね。マイ箸ならぬマイ橋を持っているとは驚きです。僕もマイ橋を所有できるようになりたいものです。
松風橋の下流の橋です。もしかしたら旧松風橋かもしれません。こちらの橋は古いので、やはり橋の方が先輩なのでしょうか。さすがにマイ橋はなさそうですね。僕の夢は今崩れました。
そんな事はどうでも良いのですが、この橋も片方が少し高くなっています。前回はわからなかったのですが、よく考えてみれば、水運を目的に作られた疏水ですから、橋が低かったら船通れないですよね。これに気づかなかった先週の僕は、我ながら結構なバカ者です。
どうでも良いのですが、この看板は五七調にもなってないですし、標語看板にしては異色の作品ですね。(追記)あ、普通に五七調ですね。作品の勢いの良さに騙されてしまいました(追記おわり)。道路に飛び出すには、相当な勢いで飛び出す必要があると思います。
上水道パイプを道路と間違えて渡らないようにする構造物。いわゆる「バカ除け」「フールプルーフ(で合ってますか?)」というやつです。まずここを道と間違えるバカは存在しませんし、「バカ除け」という名前もどうかと思います。疏水はこういったバカ除けの宝庫でもあります。
隣の鴨川に放水するための水門です。かっこいいですね。歩道が新しいのは、阪神京都線が近くにあり、その整備に合わせたものと思われます。








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